Zindel Segal博士 マインドフルネス認知療法はどのように気分障害のサポートになるか 〜MBCTの作用機序〜

2025年、MBCT(Mindfulness-based Cognitive Therapy)の誕生から30周年を迎える節目の年に、私たちは大変貴重な機会を得ました。MBCTの共同開発者の一人であるZindel Segal博士をお迎えし、アジア各国から多数の参加者が集うオンラインウェビナーを開催いたしました。

アジアをつなぐ学びの場

本ウェビナーには、日本をはじめ、中国、マレーシア、シンガポール、インドネシア、タイ、香港など、広範な地域からの参加があり、グローバルな学びと実践の共有の場となりました。司会はInternational Mindfulness Center JAPAN(IMCJ)の宮本賢也が務め、Segal博士を迎え入れました。

MBCT誕生の背景とその意義 ―「治療」ではなく「再発予防」のため

Segal博士の講義は、MBCTの原点に立ち返るところから始まりました。うつ病の「治療」ではなく、「再発予防」を主眼に開発されたという事実は、臨床心理や精神医療に関わる参加者にとっても新鮮で、非常に重要な視点でした。

博士は、1990年代当時のうつ病に関する知見をもとに、寛解後も再発リスクが高く、症状が繰り返されるという現実に対応する必要性がMBCT誕生のきっかけであったと解説。1回うつ病を経験した人が次のエピソードに陥るリスクは16%、5回経験すると80%にまで高まるという研究結果も共有され、MBCTの必要性が統計的にも裏打ちされていることが示されました。

また、認知療法が再発防止に効果を持つことが既に明らかであったものの、それを実生活に日常的に取り入れることの難しさ、特に寛解期の人々にとって「もう治ったのに、なぜ治療を続けるのか?」という心理的ハードルの存在が強調されました。そのような人々に向けて、気分が落ち込んでいないときでも日々実践できる“スキル”として、マインドフルネスを統合するというアプローチが、MBCTの革新性であり核心であるというメッセージが伝えられました。

さらにSegal博士は、自らが非瞑想者だったところからMBCT開発に関わり、実践者として歩み始めた個人的な経緯も共有。研究者である以前に、マインドフルネスの生きた実践者であることの重要性が語られた場面は、実践と研究を架橋しようとする多くの参加者の心を打ちました。

思考と感覚—“2つの気づきのモード”の体験

講義中盤で行われた体験型エクササイズでは、MBCTが重視する「気づきの2つのモード」、すなわち“思考モード(doing mode)”と“感覚モード(being mode)”の違いを身体で実感する時間が設けられました。

Segal博士の丁寧なガイドにより、まずは“思考を通して”自分の足に注意を向ける実践が行われました。参加者からは、「かつて足の形にコンプレックスを持っていた記憶が蘇り、ネガティブな感情がわき上がってきた」という声があり、思考が過去の記憶と強く結びついている様子が浮き彫りになりました。

続いて、“感覚を通して”足の今の感触に意識を向ける実践が行われると、「温かさや湿度、靴の圧力といった身体感覚に集中でき、落ち着いた気持ちになった」といったフィードバックが複数寄せられました。Segal博士は、思考を通して得られる情報はしばしば記憶や判断、ストーリーと結びつくのに対し、感覚を通して得られる気づきは今この瞬間にとどまる力があると解説しました。

博士はこの体験を「思考と感覚、2つの体験の受け取り方」として、うつ病の症状と向き合う上でも、doingモードだけではなくbeingモードという“もう一つの視点”を持つことが有用であるかを丁寧に説明しました。

感情との新たな関わり方を育む8週間

Segal博士は、MBCTの8週間プログラムがどのように構成されているのかについても解説をしました。

前半の4週間では、「自動操縦に気づく」「身体感覚を丁寧に観察する」「呼吸を拠り所として注意を戻す」「感情のサインに気づく」といった段階を踏みながら、マインドフルネスの“土台”を築いていきます。ここで参加者が育んでいくのは「気づきの筋肉」です。うつ病の症状にすぐに切り込むのではなく、まずは注意の質を整え、安定した内的土台を築くことが重視されています。

後半のセッションでは、ネガティブな思考や感情への具体的なアプローチが扱われ、悲しみ・自己批判・落ち込みなどに対する態度の転換が促されます。その鍵となるのが、“身体に戻る”という実践です。Segal博士は「感情に巻き込まれるときほど、身体感覚をアンカーとすることが重要になる」と述べ、身体からの気づきがいかに思考のスパイラルから私たちを引き戻すかを力強く語りました。

また、MBCTは単なる症状軽減を超えて、参加者が「困難とともに生きる力」を養うことを目的としている点も強調されました。回復の持続に向けた自己理解の深化と、再発予防への備えがプログラムに組み込まれていることは、医療現場だけでなく、教育や福祉領域でも応用可能な知見となるでしょう。

脳科学的な裏付けと、マインドフルネスの神経的基盤

ウェビナーの終盤では、Segal博士による脳科学の視点からの解説が行われ、MBCTの実践に裏付けを与える最新の研究成果が紹介されました。

fMRIを用いた研究では、「自己評価モード(思考)」にあるとき、前頭葉の内側領域が活性化し、一方で「感覚モード(気づき)」にあるときは、側頭葉や頭頂葉などの感覚処理ネットワークが優勢になることが示されています。つまり、私たちの脳は思考と感覚でまったく異なるネットワークを使用しているのです。

Segal博士は、「ストレス状態では自己評価モードが過剰に活性化し、感覚へのアクセスが遮断される傾向がある」と指摘。そのうえで、マインドフルネス実践によって“感覚のモード”にアクセスすることが、感情調整や自律神経系のバランスを取り戻す手助けになると説明しました。

この神経科学的視点は、MBCTの“なぜ効くのか”を理解するうえで非常に重要な手がかりとなり、実践者・研究者を問わず多くの参加者にとって深い納得をもたらした内容でした。

Segal博士からのメッセージ

Segal博士は、自身も瞑想の実践者として日々のヨガや座って行う瞑想を生活に取り入れていることに触れ、「意図を持つことの力」について語りました。「自分にとって意味ある方法で参加することが、すでにマインドフルネスの実践そのものなのです」という言葉は、実践者の胸に深く響いたことでしょう。

今後の展望とIMCJの取り組み

IMCJでは、今後もMBCTやMBSRなどの8週間プログラム、講師養成プログラム、専門職向けの継続教育を日本およびアジア太平洋地域で展開していく予定です。6月からは、教師やセラピストのための「深い傾聴と対話」に関するトレーニングもスタート予定です。

MBCTの核となる原則、実践、研究が交差した今回のウェビナーは、参加者一人ひとりに「今ここにあること」と「他者とともにあること」の意味を問い直す深い体験となりました。今後も国境を越えて、実践と学びを分かち合える場を築いてまいります。